第63回例会報告
日時:2000年3月20日(土)13:15〜16:30
場所:愛知芸術文化センター12階アートスペース(E・F)
今回は例年の通り、卒論・修論の発表会として行った。最初計画していた修士論文発表者が、都合が悪くなり、急きょプログラムを変更して、学部論文が多くなったにもかかわらず、多数の若手参加者を得て盛り上がった。研究発表の内容もいろいろの分野にまたがり、現代の音楽学の傾向をそのまま写し出している思いがして、心強い限りであった。今後これらの若手研究者をいかに育てていくかが我々の課題であることも痛切に感じた会でもあった。
内容: | [卒業論文] |
1.サウンドスケープ論における標識音の階層性について 黒田 清子(名古屋音楽大学 音楽学部 音楽学科 音楽学) | |
2.ベートーベンのピアノ作品の変遷と当時の楽器との関わり -ソナタOp.2‐3とOp.53を比較して- 小林 ひかり(愛知県立芸術大学) | |
3.学校音楽教育におけるコンピュータの活用 中平 梨詠(名古屋芸術大学 音楽学部 音楽教育学科) | |
4.山田耕筰作曲、歌劇「黒船」の成立課程について
-現存台本史料の変遷をめぐる調査に基づいて- 中村 美智子(名古屋音楽大学 音楽学部 音楽学科 音楽学) | |
5.音楽による運動負荷レベル制御のためのインタラクティブシステムの設計 三浦 陽子(名古屋市立大学 芸術工学部 視覚情報デザイン学科) | |
[修士論文] | |
6.バッハ≪ゴルドベルク変奏曲≫の音楽様式と演奏解釈
八木 智子(聖徳学園大学 国際文化研究科 国際教育文化専攻) |
【卒業・修士論文発表要旨と質疑応答】
[卒業論文]1.サウンドスケープ論における標識音の階層性について
本論文は、シェーファーの理論と実際の音環境のリサーチを通してこの<標識音>の特徴を考察するものである。また、より整合性のある<環境音の階層化>の方向も探る。
今回のリサーチ対象地点には岐阜県の郡上郡八幡町を選択した。そして、日常的標識音「秋葉三尺坊の時の鐘」祝祭的標識音「岸剣神社太神楽」の二つをサンプルとして提示し、この<標識音>の特徴を考察した。この結果、標識音の性格はシェーファーがある種概念的に提示した標識音の在り方よりもさらに複雑なものであることが明らかとなった。標識音というひとつの音を核として「音、場、人、時」という要素が絡み合う縦横に複層した構造を読み取ることが出来た。標識音とは音そのものを指すのではなく、そのコンテクストにより形成されることがより明確にわかった。
シェーファーの階層理論を用い、それを実際の音環境のあり方と照らし合わせることによって、そのなかの機能的差異を読み取る場合、ある一定の音環境や階層性が成立するためには、それに対応する環境的条件が必要であることが明らかとなった。
2.ベートーベンのピアノ作品の変遷と当時の楽器との関わり
-ソナタOp.2‐3とOp.53を比較して-
本研究は、ベートーベンのピアノ・ソナタOp.2‐3とOp.53を中心に、使用した楽器の違いがピアノ語法の変遷にどのように関わっているかを明らかにすることを目的とする。
ウィーン式ピアノを使用して書かれたOp.2‐3では、当時のウィーンを中心とする大陸において一般的であった語法を受け継ぎつつ、ウィーン式ピアノの特性を生かした処方が見られたが、同時にすでにロンドン・ピアノ楽派からの影響かと思われる処方も認められた。一方イギリス式ピアノをもとに書かれたOp.53では、その楽器に合った語法が全面的にかつ徹底して取り入れられるようになった。こうしたピアノ語法と展開の手法との有機的な結びつきは、充実した形式拡大を実現するための重要な要素になっていると言えよう。
3.学校音楽教育におけるコンピュータの活用
DTMを用いた音楽の授業では、創作活動・演奏活動・理論の学習等において多くのメリットが挙げられる。例えば、LANシステムを用いることにより、20〜40人もの生徒一人一人の進度や取り組み状況の確認が可能である。一方、デメリットがあることも否めない事実である。生の楽器の音色、電子音による演奏が生演奏とは異なることを予め徹底させ、指導する必要があるだろう。
いずれにせよ、児童・生徒一人一人の好みや能力に適合した指導が重要である。更に、コンピュータがいかに進歩しようとも、授業の中心はあくまでも児童・生徒であり、故に人間にできること、機械にさせた方が良いこととを十分に考慮する必要がある。今後、さまざまなソフトやシステムが開発されるであろうが、コンピュータを有効的に利用した新しい音楽の授業形態が展開されることを期待する。
4.山田耕筰作曲、歌劇「黒船」の成立課程について
-現存台本史料の変遷をめぐる調査に基づいて-
本論文では、歌劇「黒船」(「夜明け」)のスコア出版以前のいくつかの台本や、出版されたピアノ・ヴォーカル・スコアの巻末台本を比較することによって、この歌劇の成立課程を探った。そして、当時の世相とどのように関係し合いながら創作が進められていったのかを考察した。
その結果、台本の作者であるパーシー・ノエルの台本で現存するものは、1930年の日付けの付いたもののもであるが、その前年に序景部分の作曲が行われており、その序景において、その後の展開との結びつきを示す部分もあることから、1930年以前にも山田耕筰が台本の構成について知っていたということが考えられる。また、台本の翻訳は山田耕筰であると言われているが、現存する最も古い翻訳形態は、本人惇夫の筆によって記されたものであって、少なくとも大木と山田の共訳である可能性が否定できないことが分かった。
5.音徳楽による運動負荷レベル制御のためのインタラクティブシステムの設計
適正な運動を行う際、表示される運動状態を見ながら、運動を制御する必要があり、娯楽性、運動意欲の増進にはあまり効果的ではありません。そこで、娯楽要素を持ち、かつ運動負荷レベル制御が行える運動器具ヒューマンインタフェースの設計を試みました。
卒業研究で行った主観評価結果から、運動中に音楽があることにより、多くの人が楽しさ、運動意欲の増進を感じ、また、音楽の違いによる運動意欲の違いも存在することがわかりました。そのことから、このシステムの使用時には、音楽による意欲増進と、音楽の切り換わりによる運動量の変化が期待でき、運動制御の可能性がうかがえます。
6.バッハ≪ゴルドベルク変奏曲≫の音楽様式と演奏解釈
第1章では、≪ゴルドベルク変奏曲≫が作曲された背景を紹介している。第2章では具体的に≪ゴルドベルク変奏曲≫の分析を試みている。続く第3章ではカノンという要素に注目し、≪ゴルドベルク変奏曲≫の補遺として作曲された≪14のカノン≫を取り上げた。また同時代の作品である≪音楽の捧げ物≫に含まれるカノンの考察も行っている。第4章では実際の演奏の方法について論じている。音楽の本質であり最終目的であるのは、どんな時代においてもどんな場所においてもやはり実践である。いかに作品に接し作曲者の意思を感じ取り、聴き手に説得力をもって伝えられるかということが音楽をする者にとっての最大の関心事であるべきである。
…………………………………………2000.03.20
第63会例会が終了しました。内容は下記の通りでした。司会は大西友信先生(愛知教育大学)。日時:3月20日(月・祝 ) 13:15 〜 17:00
会場:名古屋市中区栄 愛知県芸術文化センター 12F アートスペースEF室
○サウンドスケープ論における標識音の階層性について 黒田清子(名古屋音楽大学)
○ベートーヴェンのピアノ作品の変遷と当時の楽器との関わり -ソナタOp.2-3とOp.53を比較して- 小林ひかり(愛知県立芸術大学)
○学校教育におけるコンピュータの活用 中平梨詠(名古屋芸術大学)
○山田耕筰作曲、歌劇「黒船」の創作過程について -現存台本資料の調査を通して- 中村美智子(名古屋音楽大学)
○音楽による運動負荷レベル制御のためのバイオフィードバックシステム三浦陽子(名古屋市立大学)
・・・・・・・・・・・・・○J.S.バッハ《ゴールドベルグ変奏曲》の音楽様式と演奏解釈 八木智子(岐阜聖徳学園大学)
発表者を中心に、各々の論文を指導なさった先生はじめ、関係の諸先生、学生諸君など、30名弱の参加者でした。学生・院生の皆さんの真摯な発表に対して、様々な建設的な質問や感想が出されて、有意義な会となりました。今年はじめて卒業生が出た名古屋市立大学の芸術工学の卒業研究の発表や、岐阜聖徳大学大学院生のこれもはじめての参加もあって、中部支部のすそ野も広がっていきそうです。詳しくは4月末〜5月始めに発行の「支部通信」をご覧下さい。