日本音楽学会中部支部 第129回定例研究会報告
日時:2020年(令和2年)12月19日(土) 13時30分~16時00分
開催方法:会場及びオンラインによるハイプリッド開催
会場:名古屋芸術大学東キャンパス5-301教室
オンライン:オンライン会議ツールzoomを用いた遠隔開催
司会:金子敦子(名古屋芸術大学)
発表者:奥中康人(静岡文化芸術大学教授)
タイトル:軍隊ラッパはどのように用いられたのか?
―西南戦争における陸軍の喇叭暗号をめぐって―
【発表要旨】
本発表は、国立公文書館アジア歴史資料センターのデジタルアーカイブを用いて、西南戦争(1877年2月~9月)における陸軍のラッパ信号の用い方を分析することを目的としている。
同アーカイブを「喇叭」等のキーワードで検索し、かつ適切な絞り込みをおこなう(明治10年に限定し、使えないデータを除外する)ことによって、約320件のデータを抽出することができるが、
それらの多くは西南戦争時に、政府陸軍の総督本営から九州各地で戦っていた各旅団への連絡や命令(達書)、あるいは各旅団間での連絡の写しや控えの文書である。内容的には、(1) 楽器としてのラッパについて、
(2) ラッパ手について、(3) ラッパ信号(ラッパ譜)についてのデータにおおよそ分類することができた(今回は(1)や(2) については時間の都合で省略した)。
とくに、(3) ラッパ信号を中心に分析を進めると、数多くのフランスのラッパ信号が実際に用いられたことや、9月には数曲のマーチや礼式曲の練習をしていたことが明らかになった。これらの信号、
マーチや礼式曲の多くは、西南戦争と前後する時代に作成された陸軍のラッパ譜(現時点では、3冊の手書きのラッパ譜が存在することを確認している)を参照することで、具体的な楽曲を特定できる。
ところで、ラッパ信号に関するデータ(約220件)の過半数(約140件) は、「喇叭暗号」という特殊な用法に関連する文書である。ラッパ暗号とは、聞きなれない用語だが、あらかじめ取り決めておいたラッパ信号を、
問答形式で(合言葉の「山」「川」のように) 交わすことによって、敵・味方を識別する用法らしく――西南戦争の頃には、以前よりも射程距離が長いライフル銃を用いるようになったこととも関連しているのかもしれない――、
どうやら西南戦争の途中から(5月頃から?)使われ始めたらしい。
しかし、5月末から7月中旬までのわずか50日のあいだに、ラッパ暗号が記載された手帳を紛失したり、敵に奪われたりするような事件が5度もあった(つまり、漏洩リスクが高いにもかかわらず、将校が、頭に暗記するのではなく、
紙媒体である手帳に暗号を書き記していたことに起因する)。ラッパ暗号が敵に知られてしまうと、安全面のリスクが高まるので、その都度、新たなラッパ暗号を策定しなければならなかった。
今回の調査で把握した限りでは、九州の各戦地におけるローカルなラッパ暗号改定は延ぺ8回、政府陸軍全体の改定は4回あったことが確認できた。
山縣有朋が新たに定めて全軍に対して提案したラッパ暗号に対して、各所からクレームが殺到する騒動や、改定を指示する達書自体が奪われることで、暗号が使えなくなるような失策すらあり、
とても満足に運用されたとは言い難い実態が、資料から読み取ることができた(それ以降の戦争で、たとえば、日清日露戦争で、こうしたラッパ暗号が用いられたかどうかは、寡聞にして知らない)。
しかしながら、ラッパ暗号の運用に、多くの問題はあったものの、総じてラッパ手たちは、たびたび変更されるラッパ暗号を吹奏していたことから、数多くのラッパ信号のレパートリーを手中に収めていたであろうこと、
その中には、難度の高い曲(音の跳躍や、連続する十六分音符)もあることから、それなりに吹奏能力が高かったこともうかがえ、明治初年以来のラッパ教育が、順調であったことも示唆している。
また、そもそもラッパ暗号を成立させるには、各部隊に必ずラッパが配備されていなければならないことから、ラッパが必需品であったこと、それゆえ、明治4~5年から始まっていた国産ラッパの製造を、
西南戦争がさらに促進したことも判明した(在庫が少なくなったため、8月末になって、約2000本のラッパ製造を要求する文書もある)。
当然、それを吹奏するラッパ手も必須で、西南戦争の政府陸軍には、少なく見積もっても1500人程度のラッパ手が存在したと思われる(当時の第1連隊の1個中隊=184名に8名(4.3%)のラッパ手が存在したことから概算)。
これまで判然としなかった明治前期のラッパ(というヨーロッパの金管楽器の)受容について、様々なことが明らかになったのは、ひとえに当時の記録が公文書としてきちんと保存・公開されていることによるもので、
言うまでもないことだが、公文書管理は非常に重要である。
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