第105回例会報告
日本音楽学会中部支部
日時:2012年(平成24年)7月21日(土)13:30〜17:00
中京大学名古屋校舎 センタービル7階 0703教室
【研究発表】 司会:明木茂夫(中京大学)
1 片山詩音(名古屋大学大学院博士前期課程):民謡《越中おわら節》の旋律構造の分析―富山市八尾町「おわら風の盆」を事例として― 1 片山詩音(名古屋大学大学院博士前期課程) 民謡《越中おわら節》の旋律構造の分析―富山市八尾町「おわら風の盆」を事例として―
おわら風の盆は(以下、風の盆)、富山県富山市八尾(やつお)町で毎年9月1日から3日までの3日間開催される行事である。風の盆では、三味線・胡弓・太鼓から成る地方と唄い手・囃子手の越中おわら節(以下、おわら節)の演唱のもと、着物や法被姿に編笠を被った男女の踊り手の演舞によって町中の練り廻りが行われる。本発表では、民謡の採譜方法について小泉文夫の研究方法を基に再検討すると共に、このおわら節を事例として先行研究の採譜を分析し、おわら節の旋律構造を分析する手がかりとすることを目的とした。 2 愛知県立芸術大学「鈴木政吉プロジェクト」チーム(代表 井上さつき)学生メンバー:七條めぐみ、鈴木春香、畑陽子 オブザーバー:小沢優子 「大正期『名古屋新聞』の音楽記事索引のデータベース化に向けて」中間報告
私たちは現在、大正年間に『名古屋新聞』に掲載された音楽記事を集め、その索引をデータベース化する作業を進めている。データベース完成後は一般に公開する予定である。中部支部例会では、この作業の意義と問題点、今後の見通しを中心に発表を行った。 3 鈴木 有昂(名古屋市立大学大学院博士課程前期)水野みか子(名古屋市立大学) ネットワークコンサートの技術と課題―北京・カルガリー・ワイカト、東京との事例の考察―
1.研究主旨
2 愛知県立芸術大学「鈴木政吉プロジェクト」チーム(代表 井上さつき):「大正期『名古屋新聞』の音楽記事索引のデータベース化に向けて」中間報告
3 鈴木 有昂(名古屋市立大学大学院博士課程前期)水野みか子(名古屋市立大学):ネットワークコンサートの技術と課題―北京・カルガリー・ワイカト、東京との事例の考察―
【発表要旨】
小泉は民謡の概念や研究方法について次のように述べている。民謡の概念として、創作者を問わない唄であることや、記録によるものでなく伝承的であること、没個人的かつ郷土性を持つ集団による伝承であること、時間的な歴史性をもつことを挙げている[小泉1958:p.40]。採譜の問題点としては、民謡の特徴的な「中立音程」を長音程か半音程のどちらか一方に統一することや調性の認識といった採譜者の主観性、録音を基に採譜する過程では楽譜の絶対化などが生じることから、演奏の一回性や偶然的要素を排除すべきとしている[小泉1958:p.65,67]。また、採譜者の主観性を伴わないために、同一系統の民謡との比較といった系統研究、伝播や伝承過程における変化等の比較観察の必要性も指摘されている[小泉1958:pp.75-71]。このように、採譜と分析は採譜者が「『認識』した音楽の姿かたちの表と裏」であり、両者が「フィードバックを繰り返し」つつ並行的に進行する可能性を含むものでありながらも、楽譜はそもそも「演奏者の備忘録」として始まったものにすぎないとされている[金城1989:p.109,111]。
このように採譜による民謡研究の問題点及び可能性を踏まえ、本発表ではおわら節の分類系統や採譜に関する先行研究を取り上げた。まず民謡としてのおわら節の分類系統では、その節回しや甲高い歌い出し、歌詞の文句などから海唄や舟唄の由来とされる説がある。おわら節は大正から昭和にかけて、唱法や歌詞、踊りがそれぞれ改良されたことから、その由来については明示しがたいと考えられる。そしておわら節の採譜に基づいた先行研究として、音楽家による採譜では高階哲夫(1931)と黒坂富治(1979)、採譜資料では『日本民謡大観 中部篇(北陸地方)』(1955)、『みんよう春秋』(1990)の四つを取り上げた。これらの採譜資料は、音源資料として大正から昭和にかけて録音されたレコードを基にしたものや、唄の旋律を中心的に採譜され分類されたものであった。そのため、おわら節における楽器や唄の旋律の全体的な楽譜化には至っていなかった。
民族音楽において、民謡はVariante(変形・異体・個々の表現様式)を持つものとされている[金城1987,小泉1958]。金城は高見(1979)によるおわら節の学習方法の考察を受けて、おわら節のVarianteはその学習方法における多元性と均質化の両極面があると指摘している[金城1987:pp.27-28]。この高見と金城の考察を踏まえ、発表者がこれまで行ってきた八尾町におけるおわら節の伝習過程の観察からは、演唱における偶発性・即興性や演唱者の感覚的な意識といったように、採譜や系統分類では表されにくい部分にこそ、演唱者が表現する音質や音色上の特性が特徴的に表れている可能性があると考えられる。
このように歌唱者と楽器の演奏者(地方)がそれぞれ伝習過程を経て、採譜資料に記されているような演唱を行ってきた経緯も考慮し、採譜資料を予備資料として用いつつ、その他にこれらの音色を表現するための方法が必要となるであろう。今後は、民謡を含めた民俗音楽研究において行われている採譜方法に基づき旋律の構造を再分析する。それと共に、先行研究の採譜では不十分であった楽器の旋律について、観察の様々な場面において聞き取る演唱を楽譜化し、全体的な旋律構造を明らかにすることを目指す。
〈参考文献〉
金城厚
1987:「民謡における均質化への視点―旋律の規範性をめぐって」『人類科学』第40号 九学会連合 pp.23-36
1989:「日本・アジア音楽の採譜と音楽分析」『岩波講座日本の音楽・アジアの音楽』第7巻 岩波書店
黒坂富治 1979:『富山県の民謡』北日本新聞社
小泉文夫 1958:『日本伝統音楽の研究Ⅰ』音楽之友社
高見富美子 1979:「越中八尾における「越中おわら節」の学習―民俗音楽文化の音楽学習―」『音楽教育学』第9号 日本音楽教育学会pp.30-43
富山県民謡越中八尾おわら保存会(編)
2009:『越中おわら』富山県民謡越中八尾おわら保存会
日本放送協会(編) 1955:『日本民謡大観 中部篇(北陸地方)』日本放送出版協会
みんよう春秋社(編) 1990:『みんよう春秋』第75号 みんよう春秋社
『名古屋新聞』の音楽記事を収集するというアイデアは、名古屋のヴァイオリン王、鈴木政吉に関する資料の調査を行うなかで浮かび上がってきたものである。その過程で私たちは、鈴木政吉と鈴木ヴァイオリンに関する記事だけではなく、音楽記事全体を収集していく方針に切り替えた。新聞紙面を1ページずつ見ていく地道な作業の成果を広く役立てたいと考えたからである。
1. 新聞記事の検索
音楽関係の新聞記事を集めたものとしては、冊子体では、秋山龍英編著『日本の洋楽百年史』(1966)や、明治期については、『東京日日新聞音楽関係記事集成』『同 記事内容注解・人名索引』(1995)などがこれまでに刊行されている。
さらに、戦前の紙面に関しては、最近の電子情報サービスにより、朝日や読売など、大新聞の記事がインターネットで検索できるようになったため、飛躍的に簡単に情報が入手できるようになった。
しかし、冊子体のものは東京に関してのみ、電子情報サービスによる紙面検索も、東京版あるいは大阪版のみであり、名古屋に関しての音楽記事を拾うことは不可能である。
一方、名古屋の地元紙である『中日新聞』についていえば、この新聞は昭和17年9月にそれまでの二大地方紙である『新愛知』(明治21年7月創刊)『名古屋新聞』(明治39年11月創刊)が合併して作られたものであるが、戦前の新聞に関しては、マイクロフィルム化されているものの、データベース化は行われていない。
2. 『名古屋新聞』大正期の調査と音楽記事のデータベース作成
2011年に名古屋市鶴舞中央図書館に『名古屋新聞縮刷版(オンデマンド版 双光エシックス社制作)』に収蔵されたことから、これを使用して、大正期の音楽記事の調査・収集を行うことが可能になった。実際の作業は、学生3人が5年分ずつ担当した。その後、愛知県立芸術大学付属図書館の助言も受けながら、今回収集した名古屋新聞の音楽記事の索引をデータベース化の作業に入った。新聞記事の索引は全国でも数多く作られているが、芸術関係(音楽)記事索引はあまり例がなく、愛知県関係は非常に意義があるという同図書館の意見であった。
索引作成にあたっては、以下の原則を立てた。すなわち、①収録対象範囲は音楽に関係する記事、②記事の表示の仕方は記事見出しを抜粋し、補足説明はメモにする、③件名(テーマ)の設定は、演奏会、鈴木ヴァイオリン、広告、その他とする、④索引の並び順は年代順とする、⑤備考欄に、洋(洋楽)、邦(邦楽)、雑(洋楽、邦楽混合)、軍(軍楽)、不(不明)という表示をする。
今後、データベースが完成した段階で同図書館のホームページを通じて公開する予定である。例会発表では、作成中のデータベースの一部を資料として配布した。
3. 意義と問題点
近代日本音楽史においては、従来、東京中心の記述が行われてきたが、地方都市での音楽生活の実態については、踏み込んだ研究はなされていない。音楽記事索引のデータベース化は、大正期名古屋の音楽生活の実態を把握することに役立つ。また、「洋楽受容」だけでなく、ほかの音楽分野についても対象とすることにより、さまざまなジャンルの和洋音楽が総合体として名古屋の音楽生活を豊かにしていたことが明らかになると思われる。
今後は、本データベースを早期に整備して公開可能な状態にし、さらに、昭和期についても実施したい。さらに、『新愛知』についても、同様のデータベースを作成することができたならば、戦前の名古屋の音楽生活に関する情報は格段に増加することは確実であるが、問題はその費用をどのように捻出するかである。
4.新聞の音楽記事から見えること
例会では、この後、実際の作業を担当した学生が、自分が記事の収集を担当した時期の名古屋の音楽生活に関する新聞記事の特色を簡単にまとめて報告した。
まず、大正元年~5年を担当した七條めぐみは、この時期、多数の邦楽演奏会が行われていたこと、第三師団による鶴舞公演奏楽堂での演奏会が目立つこと、入場無料の演奏会が見られたことを特色として挙げた。
大正6年~10年を担当した畑陽子は、ヨーロッパへの留学が記事になっていること、邦人・外国人演奏家による演奏会が増えていること、小学校でのピアノ披露唱歌会の開催が多いことを挙げた。
大正11年~15年を担当した鈴木春香は、洋楽、邦楽、洋・邦混合のさまざまな演奏会が開かれていたこと、外国人演奏家が多数来名していたこと、ラジオ放送のプログラムの紹介があることを挙げた。
さらに、七條めぐみは、今回の新聞記事の調査を通じて、「名古屋のドイツ軍俘虜による音楽活動」というテーマが浮上してきたことを述べた。それによれば、名古屋には第一次大戦中500名のドイツ軍俘虜が収容されていたが、彼らによる音楽活動はほとんど明らかにされていない。新聞記事からは、名古屋市民と俘虜が音楽を通じて文化交流を行っていたことがうかがえるというもので、今後の研究の可能性を示唆した。
現在、音楽としての価値をリアルタイムでの音楽体験に重点を置く動きが拡大しており、現代音楽、電子音楽の分野でも新しい技術と組み合わさることで様々な体験の形態をとり、最近ではアートやデザインの領域の中でも多く活用されている。本研究では、現代の発達したインターネットの高速ネットワーク技術を現代音楽の新しい表現方法、体験方法の一つとして取り入れたリアルタイムサウンドパフォーマンスを実施し、その技術的な現状と創作の課題を明らかにすることを目標とする。
2.実施事例
現在までに2011年10月26日に催された北京国際電子音楽祭 2011での名古屋―カルガリー―北京間の3地点における「NET LEODAMIA」、及び2011年12月16日に催されたASIA COMPUTER MUSIC PROJECT 2011での名古屋―東京間の2地点における「Telequantum」の、2回のネットワークサウンドパフォーマンス作品の実演を行った。
最初に行ったNET LEODAMIAでは、大学間の実験的ネットワークプロジェクトの一環としてネットワークコンサートを行った。カルガリーへの通信は、名古屋と北京の通信を中継しインターネットの通信規格を名古屋側のIpv4(注1)から中国側のIpv6(注2)へ切り替えを行っている。コンサートでの音声のやりとりとしては、北京では尺八の生演奏と電子音の再生、名古屋では尺八の生演奏とサウンドデータの再生、及び北京側からの音声にエフェクトをかけて北京に送り返す設定をしており、それらを合わせた音声が聴衆に聞こえる形になっている。映像面では各会場の尺八演奏者が互いの状況を確認するために、それぞれが演奏している映像をビデオ通信アプリケーションによりスクリーンに映すのみに止まった(図1)。
図1 NET LEODAMIA システム図
2回目となるTelequantumでは通信する範囲をNET LEODAMIAの時よりも限定的にする一方、パフォーマンスの要素を広くする試みを行った。音声のやりとりとしては、東京ではフルートの生演奏と電子音の再生、名古屋ではピアノの生演奏と東京からのフルートの音声をトリガーとしたピアノの自動演奏を行っている。また、東京から名古屋に送られたフルートの音声は名古屋の会場を映した映像に加えるエフェクト、及び名古屋側でmidiデータに変換した後、改めて東京側へリアルタイムに送り返されることで東京の会場を映した映像に加えるエフェクトのトリガーにすることで、映像の通信をパフォーマンスとして取り入れた。Telequantumではスクリーンを2つ用意し、両会場の映像をそれぞれの会場で見ることができるようにしている(図2及び画像1)。
図2 Telequantum システム図
画像1 Telequantumキャプチャー画像
3.事例考察
この2回の実演を通してネットワークコンサートの現状としては、光回線に有線接続できる環境がネットワークで繋がる数だけ必要となる。実演を行った2つの作品では、音声通信にJacktripと呼ばれる高速音声通信アプリケーションを使用することによりネットワークにおける音声の遅延をごくわずかに抑えているが、高速通信を安定して行える環境がない場合、大幅な音の遅延やノイズ、音声の歪みが生じる結果となり、実演ができる程度の通信速度が維持できない状況になる。しかしながら日本でのIpv6やセキュリティ対策など、ネットワークコンサートを行える環境整備への対応は整備され始めたばかりで海外の先進国と比べ比較的遅れており、ネットワークコンサートが行える環境は現状かなり限られている。この問題は今後のハードウェア、ソフトウェア、通信環境の進展による改善だけでなく、それらが原因で発生する通信の遅延や差分、歪みといったネットワークを利用するならではの問題をパフォーマンスの作品として取り入れる方法も一つの解決方法ではないかと考えられる。
また、ネットワークコンサートそのものの実例経験が演奏者、技術者ともに少ないため、現状ではヒューマンエラーが起こりやすいと思われる。実際に行った2回の実演、及びそのリハーサルや接続のテスト段階において、見落としや焦りといった些細な失敗が目立った。ネットワークコンサートでは通信技術の面で実演に関わる人数が増え事前準備が繁雑になり、ネットワークを利用してパフォーマンスを行うことが出来るという前提の段階までの準備に時間を多く要した。何が問題になっているのか問題発見そのものが不完全であったため、今後より多くのネットワークコンサートを実施し、繁雑になりがちな状況下において適切な対処が出来るように演奏者、技術者ともにネットワークコンサートへの理解を深める必要があると考えられる。
注記
※1) Internet protocol version 4の略。現在インターネットで主流となっている通信規格。
※2) Internet protocol version 6 の略。Ipv4の後継規格に当たり、より効率良くかつ高品質の通信を行うことができる設計になっている。
〈参考文献〉
「日本のレコード産業2012」一般社団法人 日本レコード協会(http://www.riaj.or.jp/issue/industry/pdf/RIAJ2012.pdf)(2012年7月現在)
坂本龍一(2009)「アナログと音楽メディアを語る」『季刊analog vol.25』pp18-23,音元出版
水野みか子(2003)「電子音響音楽作品またはメディア芸術としての音楽作品における <作品提示形態>について」『名古屋芸術大学研究紀要』 第24巻,pp117-134
井手口 彰典(2009)『ネットワーク・ミュージッキング―「参照の時代」の音楽文化 (双書音楽文化の現在) 』勁草書房
ジョン・ケージ(柿沼敏江訳)(1996)『サイレンス』水声社(John Cage(1961)『Silence:Lectrures and Writings』 Wesleyan University Press)
Sarah Weaver(2009)『Telematic Performance Paractice:Sound Transcending Dsitance.』 Leonard Music Journal 19
JackTrip Documentation
(https://ccrma.stanford.edu/groups/soundwire/software/jacktrip/)(2012年7月 現在)
Ian Whaley(2011)『Bringing Music Tradition in Netspace』EMS Confedence2011 paper presentation