第103回例会報告

日本音楽学会中部支部 

日時:2011年12月18日(日)13:30〜16:30
愛知県立大学・愛知県立芸術大学サテライトキャンパス(愛知県産業労働センター15階)


【研究発表】 司会:安原雅之(愛知県立芸術大学)

1  疇地希美(中部大学非常勤講師):歌のリズムと言葉のリズム:大学生によるわらべうたリズムの手拍子再生の分析から
2  小沢優子:モーツァルトの《フィガロの結婚》─ピアノ協奏曲との関連の中で─
3  高山葉子(愛知県立芸術大学大学院 博士後期課程):実験的ミュージック・シアター作曲とその検証〜音楽構成要素の拡張とその効果 自作品〈器の音楽〉を通じて〜

【事例報告】

4  梅田 徹(浜松市楽器博物館 学芸員): 浜松市楽器博物館における博学連携事業について〜小学生を対象とした移動楽器博物館を中心として〜



【研究発表】 司会:安原雅之(愛知県立芸術大学

1 疇地希美(中部大学非常勤講師)

歌のリズムと言葉のリズム:大学生によるわらべうたリズムの手拍子再生の分析から

 現在の大学生達の中には、幼少時代にわらべうたで遊んだ経験を持たない者もいる。彼等にとってわらべうたは、幼稚園や小学校で先生から授業の中で学ぶものであり、かつてのように子どもの間で自然に口承されるものではなくなっている。保育者養成過程で学んでいる学生にとっては、わらべうたは大学の授業の中で保育者に求められる技能として学ぶ対象となっている。印刷された五線譜から読み取り、ピアノ伴奏にあわせて歌うものであり、本来の遊びながら歌い覚えるものではなくなっている。そしてなにより、わらべうたのリズムは現在の大学生達が慣れ親しんでいる複雑なJ-popsとは非常に異なり、日本語の言葉の基本的なリズムが素直に反映されているわらべうたのリズムは奇異なものに聞こえるようである。そんな大学生達がわらべうたのリズムをどのように認知・再生しているのか理解するため、大学生によるわらべうたの手拍子でのリズム再生について分析した。具体的には、音符1音にあたる音要素の単位がモーラとシラブルのどちらにあたるのかに焦点をあて、撥音、促音、長音、二重母音といった日本語の音要素において、なにを基本単位としてリズム再生するかを調べた。
 そこで今回の発表ではまず、1)わらべうたの基本的な日本語の歌詞の配字ルールを再認識するとともに、2)擬音語や擬態語など多く含むわらべうたのリズムがどのように認識されリズム再生されるのか、大学生による手拍子でのリズム再生の実験結果、の2点の考察から日本語の歌のリズムと言葉のリズムの関係について報告した。
 前半では、日本語のリズムの特色と音要素の基本単位について共通理解を得るために日本語のリズムの基本単位であるモーラについて着目しつつ、「ずいずいずっころばし」「あんたがたどこさ」などのわらべうたの記譜の例をあげ説明した。ズムはモーラとシラブルの二つの基本単位による二重構造をもち、これが時にリズムの混乱を引き起こす。長音、促音、撥音、二重母音といった弱化をおこしやすい特色をもつモーラが、時に一つの音符をあてられ独立した音と表記され、また時にその前の音素とひとくくりにされ、二つの音素に一つの音符があてられる例を示した。例えば、“ずーいずーいずっころばし…”の最初の2文字“ず”と“い”にそれぞれ音符が与えられる例と、“ずい”で一つの音符があてられるなどである。以上のことを踏まえた上で、本題である2)大学生によるリズム再生の実験結果を報告した。
 この実験では、大学生に「あんたがたどこさ」「ずいずいずっころばし」の歌詞を提示した状態で、歌はうたわず手拍子のみでリズム再生した録音を分析した。手拍子の1拍を音符一つと同等であるとし、歌詞がモーラとシラブルのどちらの単位で再生されているかを分析した。結果としては、基本的に日本語の歌詞は1モーラを1拍とするモーラ単位で再生されることが確認されたが、撥音、促音、長音、二重母音などの弱化モーラの再生は音高の変化の有無に左右されることがわかった。しかしこの実験ではまだ、学生が実際に同じ曲を歌う場合の音高変化の分析を含んでおらず、これについては今後研究を進めてゆく。


2 小沢優子

モーツァルトの《フィガロの結婚》─ピアノ協奏曲との関連の中で─

 モーツァルトのピアノ協奏曲についてはオペラとの関連やドラマティックな語法の存在がたびたび指摘されているものの、まだ本格的な比較分析や考察には至っていない。本研究では、モーツァルトのオペラ・ブッファの傑作《フィガロの結婚》をピアノ協奏曲との関連の中でとらえ、オペラとピアノ協奏曲に共有される様式や表現態度を具体的に明らかにすることを試みたい。
 《フィガロの結婚》は1785年10月頃に作曲が始められ1786年4月29日に自作品目録に記入されている。実際の創作時期はさらに限定されるのではないかと言われるが、ともあれ、形式的にも様式的にも大きな発展を見せている1784年から1786年の一連のピアノ協奏曲の創作の最中に《フィガロの結婚》は成立している。
 1784年から1786年のピアノ協奏曲に見られる特徴は次のようにまとめられる。管楽器に独立した役割を与える新しい楽器法の確立。ピアノとオーケストラの対比の強化(オーケストラとピアノが異なる旋律素材を担う・オーケストラとピアノが音響を衝突させる)。推進力、連続性、高揚感の増大(第1楽章の構造上重要な箇所で旋律的、和声的に推進力が生じ、次に来るものへの期待感を高める・第3楽章における連続的な流れと非シンメトリー性への志向)。
 このようなピアノ協奏曲での傾向は《フィガロの結婚》に何らかの形で反映されている。
1.音響の衝突
 ピアノとオーケストラの音響の衝突と対応するのが、アンサンブルで見られる人物間の音響の対立である。たとえば、第3幕No.19の六重唱の2つのグループ間の激しい衝突が顕著な例としてあげられる。
2.音楽的対比による登場人物の個性化
 オーケストラとピアノが強い対比を示していたように、登場人物の個性や状況は調の対比などの音楽的対比によって描き分けされている。第2幕フィナーレの冒頭2つのナンバーでは、状況の変化に応じて調の進行の担い手が伯爵から伯爵夫人へと変化している。また、第3幕No.20の伯爵夫人のアリアは、歌の声部がオーケストラから完全に自立して自己主張しており、ここにも登場人物の個性化を認めることができる。
3.推進力、連続性、高揚感
 連続性は第2幕と第4幕のフィナーレに著しい。フィナーレを構成する各ナンバーは分離されず、推移のパッセージや半音階によって、また終止音と開始音が重複したり、終止の主和音が次のナンバーの調のドミナントとして機能することによって結び付けられることが多くなる。さらに、フィナーレのナンバーの中には、副次的な素材で後半の流れをつくるという非シンメトリックな構成を採るものもある。つまり、フィナーレ全体に渡って聴き手の意識を先へと導き、高揚させる要素が累積的に生じている。(部分間の連続と第2の素材の後半での活用は、序曲から第1幕No.1の二重唱でも見られる。)これらピアノ協奏曲とオペラに共通する姿勢を幅広くかつ詳細に言及し、総合的にまとめることができれば、モーツァルトのオペラとピアノ協奏曲の相互関係は説得力をもって示すことができるのではないかと考えられる。


3 高山葉子(愛知県立芸術大学大学院音楽研究科 博士後期課程)

実験的ミュージック・シアター作曲とその検証〜音楽構成要素の拡張とその効果 自作品〈器の音楽〉を通じて〜

1.はじめに 
 ミュージック・シアターという名称で指される一連の「視覚的要素を持つ」音楽作品群は、1950年代以降、主にドイツを中心としたヨーロッパ各地、およびアメリカで発表されてきた。これらの作品では「物語(プロット)」中心の古典的な劇作法から抜け出し、あくまでも「音楽」を中心としながら視覚的要素をも構成しようという発想が見られる。筆者はこのことを「音楽における肉体性の復権」として捉え、博士後期課程入学後に作曲した4つのミュージック・シアター作品において、演奏家の身体運動に音符と同等の価値を与え、音楽として構成することを試みた。今回の発表ではそれらの作品の中から最新作〈器の音楽〉を紹介し、この作品の演奏を依頼した6人の演奏家へのアンケート調査から、演奏家目線で見たミュージック・シアターにおける身体運動とは音楽的にどのような価値を持つものなのか、またその音楽的効果とは何であるのかを考察する。
2.〈器の音楽〉について


 作曲:2011年9月末〜11月末
 初演:2011年1月8日 長久手文化の家 森のホール(愛知県愛知郡長久手町)
 演奏:愛知県立芸術大学大学院音楽研究科 博士前期課程 打楽器領域在学生 
    同大学音楽学部器楽科 打楽器専攻在学生(計6名)
 編成:愛知県立芸術大学大学院美術研究科 陶磁専攻学生の制作した7種類、計51個の磁器の器


《作品のねらい》
 茶道の所作を複数のムーヴメントに分割し、各ムーヴメントに特徴的な動きを実際の所作より拡大して行うことにより、聴衆の視覚に茶道特有の静謐な印象と共に音楽的なリズムを感じさせることを意図した。また、それらの動きのアンサンブルと、実際に器を鳴らした音による響きのアンサンブルを組み合わせ、視覚的に捉えられる身体の動きと聴覚的に捉えられる楽音との音楽的融合を試みた。記譜は五線譜に身体運動を記号化したものを併記し、この作品における音楽の「視覚的要素」と「聴覚的要素」の両面を演奏者に同時に把握させることを意図した。
3.演奏者アンケート調査と分析
 アンケートは〈器の音楽〉の2011年1月の初演と8月の再演を依頼した6人の演奏家に対し、書面で行った。内容は4項目全18問で構成されるが、今回の発表では特に有益な回答が得られた箇所のみお話する。  アンケート項目の「Ⅲ〈器の音楽〉の演奏について」の中の「(4)〈器の音楽〉で求められた姿勢や身体動作に音楽構成上どのような役割があったと感じたか」という質問で、「A.演奏姿勢」「B.口による発音・発声」「C.茶道の所作による腕、肘、手首、指先の動き」「D.茶道の所作による、入退場時の歩き方や姿勢」について尋ねたところ、各質問に対し視覚的効果だけでなく「リズムの構築」や「アンサンブルの構築」、「メロディーの構築」や「ハーモニーの構築」を感じたという回答がそれぞれ少数ながら得られた。これらの結果からは、演奏家らにとって身体運動が楽音と同様の性格のものとして捉えられつつある様子が窺われ、彼らが〈器の音楽〉の演奏において聴覚的要素と身体的・視覚的要素を同等の価値をもって捉え、そこに音楽的努力を注いだ様子が明らかになった。
4.まとめ
 今回のアンケートの回答からは、ミュージック・シアター作品においての身体運動が演奏家らの中で音符と同様の価値を与えられ、演奏されたことが判明した。今後はこのようなアンケート調査を聴衆や作曲家たちにも行い、ミュージック・シアターにおける身体運動が「音楽構成要素の拡張」として位置付けられるものであるという結論を確かなものにしてゆきたいと考えている。


【事例報告】

4 梅田 徹(浜松市楽器博物館 学芸員)

浜松市楽器博物館における博学連携事業について〜小学生を対象とした移動楽器博物館を中心として〜

 博物館や学校との連携は、博物館関係法令の改正や学習指導要領の改訂によって今まで以上に求められるようになった。浜松市楽器博物館においては、「楽器を通して世界の文化を紹介する」という設置理念のもとに教育普及活動のひとつとして、平成12年から移動楽器博物館を行っている。移動楽器博物館は、当館のスタッフが市内の小学校に「楽器のおにいさん・おねえさん」として赴き、楽器や楽器を奏でる人々の話を通して楽器に込められた知恵や工夫、そして想いを紹介する博学連携事業である。
 移動楽器博物館では、総合的学習の時間において利用して頂きたいプログラムとして小学校に提案をしている。その理由は、この事業では合唱、合奏、鑑賞などの音楽科のアプローチだけではなく、さまざまな楽器の背景について各教科の視点を横断・総合的に取り入れているからである。一例として、モンゴルの馬頭琴のプログラムを例に挙げる。
 馬頭琴は、その名の通り馬の頭の彫刻が楽器に施され、弓と弦には馬のしっぽが使われている弦楽器である。市内の小学生は「スーホの白い馬」という馬頭琴誕生の伝説をもとにした物語を国語の授業で習っているため、馴染みがあり最も人気のあるプログラムである。このプログラムでは、まず実物の馬頭琴を児童に観察させて、感想や疑問を提示させる事から始まる。その際に挙げられた疑問や感想を踏まえながら、物語を読み解き(国語)、広大な草原を遊牧するモンゴルの人々の生活と自然(社会)、素材を活かした知恵と工夫(理科)、音を使っての表現・体験演奏(音楽)といったように各教科の視点で楽器を見つめ、楽器に込められたメッセージを感じ取ってもらうように行っている。
 また、中学校との共同授業では、ジャワ島のガムランを用い総合的な視点でプログラムを行っており、学校の教員との打ち合わせを密に行うことで学校における事前学習、博物館での体験を含めた学習と連携している。
 このように、当館における博学連携事業は、本来音を奏でるための道具である『楽器』からさまざまなメッセージを読み解き伝える活動をしている。連携事業は、限られた時間、環境の中での活動ではあるが、今後も学校、地域と連携し継続することが重要であると考えている。訪問先の子供たちが友達と一緒に笑顔で「また来たよ!」と何度も博物館に訪れてくれる姿が今後も見られるよう、魅力ある活動をしていきたいと思う。